私の住む街での日常生活では、騒がれているような某国の経済悪化は全く感じられないが、最近 某国は、漸く立ち直るかに見えた世界経済の足を引っ張るから何とかせい!と 外部から批判を浴びているようだ。もともと“世界の工場”だの“経済の牽引役”などとオダテ上げて 某国をその気にさせてしまった欧米各国や我が国にも責任の一端はあるのだ。安い人件費で製品のコストをさげられるからと言って、また10億を超す人口が 膨大な消費をするからと言って生産拠点をどんどんここに移してきた。

作り方だけを教えて原理は教えない、教えてもらう方も原理等に興味はなく作り方さえ覚えてしまえば生産技術をすべて掌握したような錯覚に陥り 後は金儲けに走る。よって外見だけが似たまがい物が多く出ることにもなるが、外資企業側も自分たちの利益追求に忙しくダマ天コピーにも目をつむってきた。

 某国も頑張るには頑張ってここまで成長できたが あまり欲張り過ぎて毎年二桁成長を維持しようとメッキにメッキを塗り重ねて体裁を整えて来たので GDPを伸ばすための政策に重きが置かれ 経済の本質は依然とあまり変わらない。リーマンショック時40兆円もの金を投入して 余計な設備投資や用もない建築物をバカスカ建てて 世界経済をも救ったとオダテ上げられ うまく乗り切ったと錯覚に陥って 逆に自らの長期的な発展の方向性を見失ってしまったのだ。

 メッキが剥がれ地金を晒すようになって 漸く技術革新の重要性を本気で考え始めたようだが 楽だったコピー文化が身体にしみ込んでしまい、なかなかイノベーションを見出そうとしても それは簡単ではない。国有企業が中心の企業群は、国家が決めた数字の達成さえすれば評価されるのだから 誰も10年後の企業のありようなど考えない。イノベーションは、夢を描き夢を実現しようとする民間企業のリーダーが 自由な競争の中 大勢育ってきてこそ初めて目を出し始めるのである。これは、ソ連の経済の失敗とその後の崩壊でとっくに結論の出ている事であるのに ソ連の崩壊を研究し尽くしてきた某国でさえ それを変えることは難しいのである。

 2016年春の全人代 これ以上の経済の落ち込みを防ぐために出された政策の目玉に交通インフラの整備があった。なんと2兆元(36兆円)も毎年つぎ込む予定だそうだ。 21世紀になってアメリカ合衆国が20世紀に使ったセメント量を2年で消費するという想像を超えた投資をし 世界一の高速鉄道路線を建設 アメリカに次ぐ高速道路網をも整備して まだ飽き足らず交通インフラに投資をしようと言うのである。高速鉄道に至っては、台北まで繋ごうというのであるから笑ってしまった。

日本で例えてみれば 東名高速と第2東名を完成させたが 公共投資で経済を刺激させるため 第3東名を計画、合わせて第2青函トンネルも作って 北海道の隅々まで高速道路で結び 国後島まで海底トンネルで繋ごうというような雄大(無謀)な計画である。とりあえず採算は考えないで進めるのが某国流。これまで作ってきた高速道、高速鉄道網で採算が取れている路線がどれだけあるのだろうか? どれも真っ赤かの火だるま状態であろう。でもお札を一杯刷れば済むと思っているらしい。

 さて 都市間であれば どこに行くにも1本だけでなく複数のルートを選択できるほど某国の高速道路網は、網の目のように作られているが その為 普段の日に地方の高速道で車を走らせても 事故でもない限り大渋滞にぶつかることは少ない。ましてや 片側4車線5車線という広い幅の高速道路が主流になりつつあり 都市間の移動はずいぶん楽になったと言える。

 ずいぶん前の話になるが 14年前某国首都に赴任して間もない私にとって都市間移動と言えば 隣の天津市への日帰り出張。天津支社を作るまでは高速道路で1時間半で行けるこの市場は、私にとっても美味しいマーケットであり 特に自動車産業を中心に多くの日系企業が進出していたため大型のプロジェクトも取得でき売上げの積上げが有りがたかった。その為多い時は、週に23回も車でマーケット開拓に出かけるのであった。2003年時は、天津を結ぶ高速は1本のみ “京津高速公路”と呼ばれ日本のODAが使われた道路だったと記憶する。片道2車線の狭い高速道路であるが交通量はものすごく多かった。なにせ 某国首都には港が無いので 天津港から荷揚げされた物資が、この道路を使って首都に運ばれる。その為 陸上輸送の主動脈となっていたのだ。

 当時この高速を使って天津までの往復を走ると 行き帰りで毎回少なくとも3回以上交通事故を目撃した。毎回3回以上である!! すごいでしょう・・・酷い時は、56台の車がバラバラに砕けて原型を残していないような光景、火を噴く車、高速の高架道から 10tトラックが落ちていたり 落ちきらずぶら下がっていたり 屋根の吹く飛んだ乗用車にはまだ遺体が残っていたりする。

 某国に来る前 高速道路で遺体を目撃したのは、1980年台北市から桃園空港へ向かう道路上で 日本製の高級乗用車の前部が激しく破壊され 車の横に3人の男性が頭部をぐしゃぐしゃに潰された状態で横たわっていた事故だった。原因は、対向車線を走行のポルシェが 運転ミスでガードレール衝突、勢い余って空中に浮き そのままこの乗用車に落下したのが原因だった。翌日の新聞で初めて事故原因が分ったが(ポルシェ側も即死) 当時結構ショックを受けた事件であった。普段日本では、大きな事故を目撃することは、めったになくなった為 某国でみる刺激の強い光景には、最初目を丸くしたが 次第に慣れてしまった。この高速道路では、ガードレール1スパーンに1人の割合で死者が出ていると言われていたのである。しかも 某国の場合交通事故が新聞記事になることさえ ほとんどなかった。

なぜこの高速道路でこれほどの事故が発生するのか それにはそれなりの理由があるはずである。色々考えるとこの高速で大量の死者が発生する必然性がいくつもあったのだ。

1.    まず首都周辺の成金連中は、高速道路をレース場のようにぶっ飛ばす場所だと認識していた。

高級車を買っても市内では、スピードが出せない。そのストレスを高速道で晴らしていた。首都から手軽に行ける隣町は天津・・・海を見るのも天津しかない。レジャーに行くのもこの高速道に集中する。

2.    トラック輸送の運ちゃんたちは、今にも壊れそうなオンボロトラックで 睡眠や食事もそこそこに 稼ぎの為に高速道を休憩も取らず走行、過労が重なっている。臭いトイレとコンビニ以下の品揃えの店、食事処に臭い飯並んでいるサービスエリア(SA)はある、しかしあっても時間優先であまり使わない。

3.    トラックの運ちゃんは、少しでも利益を得ようと常に加載しており 車は重くなり、すぐにブレーキは効かない。また 高く積んだ荷は風の影響を受けやすく 荷崩れや横転も度々。

4.    殆どのトラックは、積載量を増やすため違法承知で車長を延長しており 追越しに思ったより時間がかかる。しかも トラックの運ちゃんは車線変更する際 あまり後方を確認しない。後ろの奴が注意しろ!・・って感じだ。

5.    多くのトラックは、夜間ライトが正常に点灯しておらず 酷い車だと後部のライトが全て壊れて 後続車から見えない。壊れても修理していないか 泥がこびりついて光を遮断したまま・・が多い。

6.    高速道は一部のエリアを除けば道路照明が無く 夜は真っ暗で先が見えにくい。車のヘッドライトも当時は、性能がイマイチで ドライバー視界を悪くしていた。

7.    道路標識が 不親切且つ実にいい加減・・・どこで降りればよいのか迷うようなものが多数。従って 高速道の降り口で「ここで降りていいのか???」と 車が立ち往生している。しかも 高度成長時 分岐する道路名も頻繁に変化していた。

8.    路側帯は、追越し車線のように使われる。取締りもほとんどない。スピード野郎は、トラック抜く為に路側帯を専用に使う、従って路側帯に不注意に停車したり 故障で停車していると 追い越しを掛ける車から追突される可能性が高い。特に2車線の高速は危ない。

9.    最高速度、最低速度ともレーンごとに規定されているが 最低速度を守らず 時速2030キロでマイペースで走っている輩がいる。しかも そういう連中は、ちょっと迷うとレーンの中でも停止して 考えにふけっている(君は死にたいのか・・・)

10.    道路上に落しものなど種々の物体が転がっており 誰も片付けない。特に破裂した大型タイヤなどは、夜間突然目の前に見えても避けにくく ぶつかったら損傷を免れない。高速道の落し物処理班は、仕事が追い付かないようだ。

まぁ こんな状態だから事故が起きない方が不思議なのである。上述の通り 高度成長時期は、どんどん高速が延長され増設されるから 高速道路名も突然変更になって 今まで親しんでいた道路名が標識に無いなんてことが多かった。例えば 北京から瀋陽までの高速が“京瀋高速道路”と呼ばれていたのが その先が延長になりハルピンまで繋がったので“京哈高速道路”に突然標識が変わっていれば 誰でも「あれ 京瀋高速の入り口が無い!・・??」となる。役人諸君!・・ネットや新聞で公示しても 皆もが見ているわけではないのだよ。

 昔雇っていた私の運転手君・・彼は、運転のプロであったが彼さえも「私でも 夜の高速道路走行は、怖いです。」と言って 仕事が終われば出来るだけ明るいうちに首都に戻りたいと希望していた。

 2008年のオリンピック前に 首都と天津を結ぶもう一つの高速道路が完成 何と片側5車線もある。並行して時速350キロで走る高速鉄道も開通。古い魔の高速道も一部改修されて道が広くなった。私も運転を始めて ほとんど新しい方の高速道路を使うので 昔のように事故を目撃することも少なくはなったのだが、トラックの運ちゃんは相変わらずの仕事環境にあり 通行料金の安い古い高速道路を使うので 事故が減ったとはいえ相変わらず 古い高速道での事故発生率は高いようだ。

アウトロウのように白い目で見られるトラック運ちゃん・・・昼間市街地に大型トラックを入れると事故も渋滞も増えることから 某国の大都市中心部は、夜0時から6時までの間しかトラックの走行ができない。彼らは、早く着いても都市部入口の高速道サービスエリアで時間をつぶすしかない、SAの食事の質は多少改善され トイレも比較的衛生的になったが まだまだ質は低レベル・・ここでボロ布のように疲れた身体を休めるのである。


                                        (
2016315日 記)

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ボクの某国論
其の十八  魔の高速道路